枢木あおい ── 「VRの女王」が遺した、あまりにも近くて、遠い恋の記憶
2017年5月。 新緑が眩しい季節に、京都から一人の「はんなり美少女」が舞い降りた。 「枢木あおい」。 少し読みづらいその苗字を、僕たちが「くるるぎ」と読むのに時間はかからなかった。一度その姿を見てしまえば、その名前はもう、記憶の奥底に焼き付いて離れなくなるからだ。
デビュー当時のキャッチコピーは「高級料亭で働く京都出身はんなり美少女」。 メーカー「キャンディ」から現れた彼女は、その言葉通り、しっとりとした和の風情と、壊れそうなほどの透明感をまとっていた。 1998年生まれ。 まだあどけなさの残る表情と、対照的に成熟した身体。 しかし、彼女が真に僕たちを虜にしたのは、その「設定」を超えた先にある、圧倒的な「実在感」だった。
彼女を語る上で欠かせない称号がある。 「VRの女王」。 彼女ほど、VRというテクノロジーの恩恵を最大限に受け、そしてVRというジャンルそのものを進化させた女優はいなかったのではないか。 ゴーグルを装着した瞬間、彼女は文字通り「目の前」にいた。 手を伸ばせば届きそうな距離感。耳元で囁かれる、あの甘く、脳髄を痺れさせるような「アニメ声」。 彼女の演技は、映像の向こう側の出来事ではなく、僕たちの「体験」そのものになった。彼女が笑うと僕も笑い、彼女がイくと僕もイく。その没入感は、もはや恐怖を感じるほどの快楽だった。
そして、彼女にはもう一つの顔があった。 **「歌姫」**としての顔だ。 元地下アイドルという経歴を持つ彼女の歌声は、単なる余技のレベルを遥かに超えていた。 ライブハウスでマイクを握りしめ、小さな身体でパワフルに歌い上げる姿。それは、ベッドの上で見せる淫らな表情とは全く違う、一人の「アーティスト」としての輝きに満ちていた。 「パチスロ好き」という、あどけない顔からは想像もつかないような意外な趣味も、彼女の人間味あふれる魅力の一つだった。
2024年5月。 彼女は、多くのファンに惜しまれながら、AV女優としての活動に幕を下ろした。 しかし、それは「さよなら」ではない。 彼女は今も、歌手として、タレントとして、僕たちの前で歌い続けてくれている。
枢木あおい。 彼女は、VRという仮想空間の中で、誰よりも「リアル」に僕たちを愛してくれた、永遠の恋人だ。 あの甘い声の残響は、引退した今もなお、僕たちの耳の奥で消えることはない。 ゴーグルを外した後の現実世界で、ふと彼女の歌声が聴こえてくる。その時、僕たちは知るのだ。 あの恋は、決して幻なんかじゃなかったと。

