久留木玲 ── 硝子細工の「青春」が、壊れながら輝き続ける美しきパラドックス
2019年7月。 「青春時代」という、甘酸っぱくも残酷な響きを持つレーベルから、一人の少女が現れた。 久留木玲。 その名前と共に僕たちの前に現れた彼女は、触れれば簡単に折れてしまいそうなほど華奢で、そして痛いほどに透明だった。
彼女の最大の魅力。それは、「156cmの極限まで削ぎ落とされたスレンダーボディ」と、その可憐な容姿に似つかわしくない「幸薄(さちうす)な色気」だ。
デビュー当時の彼女が放っていたのは、教室の隅で静かに本を読んでいるような、守ってあげたくなる儚(はかな)さだった。 浮き出る鎖骨、細くしなやかな手足。 けれど、彼女が企画単体女優として覚醒した時、僕たちはその真価を知ることになる。 「青春時代」を卒業し、数多のメーカーを渡り歩く彼女が見せる姿。 それは、清楚な少女が理不尽な快楽に晒され、涙を流し、乱されていく過程そのものだった。 彼女の瞳に宿る、独特のアンニュイな影。 それがハードな展開や、背徳的なシチュエーションと合わさった時、とてつもない化学反応を起こす。 美しいものが汚され、壊れていく瞬間の、あの胸が締め付けられるようなカタルシス。 彼女は、その「悲劇的な美しさ」を演じさせたら、右に出る者はいない天才なのだ。
ロリ系美少女としての可愛らしさはもちろん、時折見せる「諦念(ていねん)」にも似た冷めた表情が、僕たちの嗜虐心を静かに、しかし深く刺激する。 「かわいそう」であればあるほど、彼女は輝く。 そんな歪んだ感情さえも、彼女はあの細い身体ですべて受け止め、浄化してしまう。
久留木玲。 彼女は、終わらない青春の迷路に咲く、一輪の蒼い花だ。 その硝子のような繊細さと、どんな役柄にも染まる強さ。 彼女が画面の中で涙を流すたび、僕たちはその美しさに心を奪われ、共犯者となっていく。 どうかその輝きが、いつまでも僕たちの心を刺し続けてくれますように。

