宝生奈々 ── 1999年、世紀末に降臨した「受容」の女神。その身体は、僕たちの欲望をすべて飲み込んだ
1999年。 世紀末。 世界が終わるかもしれないという、どこか投げやりで、それでいて奇妙な熱気に包まれていたあの年。 一人の女性が、AV業界という混沌の海に身を投じた。 宝生奈々。 彼女の登場は、単なる新人デビューという枠を超え、一つの「現象」となった。 彼女が纏っていたのは、キラキラしたアイドルの輝きではない。 もっと湿度が高く、もっと本能に根差した、圧倒的な「雌」の匂いだった。
彼女の最大の魅力。それは、どこか影のある「幸薄い美貌」と、男たちの欲望を無限に受け入れ続ける「聖なる受容力」だ。
細い眉、切れ長の瞳、そして華奢な身体。 一見すると、どこにでもいそうな大人しい女性に見えるかもしれない。 けれど、カメラが回り始めると、彼女は変貌する。 特に「中出し」という、最も原始的で、最も背徳的なジャンルにおいて、彼女は伝説となった。 何人もの男たちに愛され、汚され、それでもなお、彼女はすべてを受け入れた。 その姿は、痛々しくもあり、同時に言葉にできないほど美しかった。 まるで、世紀末に生きる男たちの不安や焦燥、そして業(ごう)を、その小さな子宮ですべて引き受けようとしているかのような、ある種の「救済」すら感じさせたのだ。
デビューから引退までの数年間、彼女は文字通り身を削りながら、膨大な数の作品に出演し続けた。 その生き急ぐようなスピード感もまた、あの時代の空気を象徴していたように思う。
宝生奈々。 彼女は、1999年という特別な年が生み出した、僕たちのマドンナだ。 あの憂いを帯びた眼差しと、すべてを許容した身体。 彼女が残した壮絶な愛の記録は、今も僕たちの記憶の奥底に、決して消えない「生」の証として、熱く、重く刻まれている。

