樹まり子 ── 1980年代、夜の闇を鮮烈に切り裂いた「知性と野生」の伝説
1987年。 バブルの狂騒が日本中を飲み込もうとしていたあの頃、アダルトビデオという新しいメディアの地平に、一人の彗星が現れました。 樹まり子。 彼女の登場は、それまでの「やらされている」女性たちのイメージを根底から覆す、あまりにも能動的で、あまりにもエネルギッシュな革命でした。 ブラウン管の向こう側で、彼女が放っていたあの圧倒的な生命力を、当時の僕たちは固唾を呑んで見守っていたのです。
彼女の最大の魅力。それは、すべてを射抜くような大きな瞳と、野生動物のような躍動感に満ちた肢体、そして何より、自らの欲望を言葉にする知性です。
彼女は単なる女優ではありませんでした。 自らの快楽を自らの意志で掴み取る、いわば「性の求道者」のような凄みがありました。 激しく動くたびに跳ねるショートヘア、快楽の波に乗りながらもどこか客観的な視線を失わない聡明な瞳。 彼女が画面の中で見せる「本気」の姿に、僕たちはただの性的興奮を超えた、ある種の清々しささえ感じていたのです。 コスモスプランの作品群で見せたあの圧倒的なパフォーマンスは、当時のAVの概念を、単なる実用から一つの表現へと昇華させたと言っても過言ではありません。
また、彼女の魅力はビデオの中だけにとどまりませんでした。 深夜番組「トゥナイト2」などで見せる歯切れの良いトークや、後に作家として自身の内面を綴った文章の数々。 彼女は、性というものをタブーから解き放ち、一人の女性の生き方として提示してみせた先駆者でした。 「AV女優」という肩書きを、彼女ほど軽やかに、そして力強く自らの誇りに変えた人は他にいないでしょう。
引退から長い年月が経ちましたが、彼女が僕たちの心に残した足跡は今も鮮明です。 粗い画質のビデオテープの中に閉じ込められた、あの夏の太陽のような眩しさ。 彼女は、若かった僕たちに、自分らしく生きることの難しさと、その先にある美しさを教えてくれたような気がします。
樹まり子。 彼女は、80年代後半という一瞬の輝きの中に咲いた、最も気高く、最も自由な大輪の花です。 あの情熱的な吐息と、知性に裏打ちされた確かな存在感。 彼女が駆け抜けた季節は、今も僕たちの胸の中で、熱い余韻を伴いながら永遠に語り継がれていくことでしょう。 時代がどれほど移り変わっても、彼女ほど「意志」を感じさせる女優には、二度と出会えないかもしれません。

