90年代後半のビデオショップの片隅で、数え切れないほどのパッケージが並ぶ棚を見つめていたあの頃。ひときわ鮮やかに私の目を奪い、そして心を掴んで離さなかったひとりの女優がいます。1997年の春、まるで季節の変わり目の突風のように現れた、夏樹みゆさんです。
1974年7月3日生まれ。彼女が私たちの前に姿を現したとき、そこには単なるアイドル的な可愛らしさだけでは語り尽くせない、どこか都会的でアンバランスな魅力が漂っていました。かつて六本木の飲食店「LOLLIPOP」でホールスタッフとして働いていたところをスカウトされたという彼女の経歴を知ったとき、私は妙に納得したのを覚えています。夜の六本木の煌びやかな喧騒のなかで、身長155センチ、スリーサイズ78・56・82という華奢で折れてしまいそうな身体を揺らしながら立ち働いていたであろう彼女の姿を想像すると、それだけでひとつの映画のワンシーンを見ているかのような錯覚に陥ったものです。
1997年4月30日、老舗メーカーであるKUKIからリリースされたデビュー作『ヴァージン・ピンク』。この作品は、私にとって忘れられない一本となりました。そしてそれは私だけでなく、当時の多くのファンにとっても同じだったはずです。結果としてこの作品は、1997年のKUKIの年間売り上げランキングで見事に1位を獲得するという快挙を成し遂げました。当時のKUKIといえば、数々の名女優を世に送り出していた巨大レーベルです。その頂点に立ったという事実が、彼女の登場がいかにセンセーショナルであったかを物語っています。
私が夏樹みゆという女優にどうしようもなく惹きつけられたのは、その小柄で少女のような佇まいと、内面に秘められた生々しいまでの「女の性(さが)」とのギャップでした。趣味や特技はボディボードという、いかにも90年代の女の子らしいアクティブな一面を持ちながら、彼女は雑誌などのインタビューで、自身のプライベートな秘密を驚くほど率直に語っていました。小学校の高学年で自慰を覚えたこと、普段からレディースコミックを愛読していること、そしてお風呂場のバスタブのへりに跨ったりシャワーを当てたりしてひとり耽る時間が多いこと。さらには「バイブレーターはグロテスクだから使いこなせず、ローターを好む」といった細やかな感性までをも明かしてくれたのです。
それらのエピソードは、単なる過激なリップサービスというよりも、彼女自身の繊細さと、自分の快楽に対して嘘をつけない純粋さの表れのように私には感じられました。機械的で無機質なものを拒み、温かいお湯の流れるバスルームという密室で、自分の身体と静かに向き合う彼女の姿を思い描くたび、画面の向こう側にいる彼女が急に生身のひとりの女性として立ち上がってくるような、胸が苦しくなるほどのリアリティを感じたのです。
デビューからの1997年、彼女はまさに疾風怒濤の勢いで作品をリリースし続けました。『新・妹の下着7』や『コスプレ・アイドル 奥様は女子校生』、『花嫁の生下着7』といったKUKIでの王道アイドル路線では、彼女の華奢なボディラインと可憐さが存分に引き出されていました。当時の『週刊プレイボーイ』や『すっぴん』『ベッピンスクール』『投稿写真』といった数々のグラビア誌を飾り、1997年9月号の『オレンジ通信』で表紙を飾った頃の彼女は、間違いなく時代の寵児のひとりでした。
しかし、彼女の真骨頂は、キャリアの中盤から後半にかけて見せた、より深く、より倒錯的な世界観のなかにあったように思います。シャイ企画での『PRIVATE TIME LIVE』や、名門アトラス21の看板シリーズ『NEO出血大制服36』を経て、1997年のクリスマスに発売された『スチュワーデス暴虐レイプ』。そして翌1998年、ハードな作風で知られるシネマジックからリリースされた『インモラル天使35』や『奴隷妻 飼育の部屋』への出演は、私の心に決定的な爪痕を残しました。
もともとの線が細く、どこか儚げな彼女が、シネマジック特有の重厚で逃げ場のない空気のなかに置かれたとき、そこには言葉にできないほどの退廃的な美しさが立ち昇っていました。レディースコミックの世界を愛読していた彼女自身の幻想が、そのまま映像のなかに溶け出したかのような錯覚すら覚えたものです。責められ、乱されていくなかで、時折見せる魂が抜けたような恍惚とした表情。あれは演技を超えた、夏樹みゆという女性の奥底にあった本質的なエロティシズムの発露だったのではないでしょうか。
1998年の後半には宇宙企画の『LINGRIE DOLLS Vol.6』、そして1999年の元日にはアイデアポケットの『Angel』などにも名を連ね、彼女はその細い身体に数々の名作の記憶を刻み込んで、いつしか表舞台から遠ざかっていきました。
今、こうして当時の作品を振り返ってみると、夏樹みゆという女優は、まるで繊細なガラス細工のような存在だったと思えてなりません。少し強く握れば壊れてしまいそうな危うさと、光を当てればどこまでも妖しく輝く透明度。1997年という時代がくれた「ヴァージン・ピンク」の衝撃は、単なるノスタルジーではなく、今も私の記憶のバスルームのなかで、温かい湯気とともに鮮明な熱を帯びて息づいています。

