90年代後半の深夜、部屋の明かりを消して見つめたブラウン管の向こう側には、昼間の日常とはまるで違う、少し妖しくて甘美な世界が広がっていました。テレビ東京の『ギルガメッシュないと』が放っていたあの独特の熱気のなかで、あるいはレンタルビデオ店の棚に並ぶ無数のパッケージのなかで、ひときわ異彩を放ち、私の視線を釘付けにしたひとりの女優がいます。1997年に鮮烈なデビューを果たした、メイファさんです。
彼女のことを思い出すとき、まず胸に蘇るのは、単なる「美少女」や「セクシー女優」という言葉では到底収まりきらない、あの圧倒的なエキゾチシズムと完成されたプロポーションです。1975年8月5日生まれ。中国人の父親と、中国人と日本人のハーフである母親の間に生まれたクォーターであり、北京で生まれて5歳の時に家族で日本へ移住したという彼女のルーツは、そのまま彼女のまとう空気感に深い陰影を与えていました。
身長163センチというすらりとした長身に、バスト88センチ・Fカップの豊満な胸、そして50センチ台という信じられないほどくびれたウエスト。1996年に「香美花(シャン メイファ)」の名で『宝島』のグラビアに現れ、Vシネマ『ブルーシーズン 不純異性交遊』などでその姿を披露したときから、彼女はすでに完成された彫刻のような美しさを誇っていました。高校卒業後に横浜の洋裁専門学校へ通い、友人の勤めるモデル事務所に遊びに行った際にスカウトされたというエピソードを知ったときは、運命のいたずらに感謝せずにはいられませんでした。もしあの日、彼女がその事務所を訪れていなかったら、私たちはこの奇跡のような肢体に出会うことはなかったのですから。
そして1997年4月、彼女は「メイファ」として、名門アトラス21から『メイファ My Love』で待望のAVデビューを果たします。この作品で彼女が見せた輝きは、今も私の脳裏に焼き付いて離れません。続く5月の『オールヌード 匂いたつ女肉』や6月の『ぶっかけスーパーボディ』というタイトルが示す通り、彼女の肉体が放つ濃密なフェロモンは、画面越しにでも匂い立ってくるかのような錯覚を覚えさせました。
しかし、私がメイファという女性に心の底から魅了されたのは、その完璧すぎる外見の奥にある、なんとも言えない人間味とアンバランスな愛らしさを知ってからでした。作品の中で時折中国語を披露し、ミステリアスなバイリンガル美女というイメージをまとっていた彼女ですが、実際には中国語は聞き取りこそできても、話すのはあまり得意ではなかったといいます。さらに、趣味はカラオケと料理で、特技は日本舞踊と「ウッドペッカーのまね」だというプロフィールを目にしたとき、私は思わず微笑んでしまいました。クールで近寄りがたい絶世の美女が、実は日本育ちの親しみやすい感性を持ち、おどけてアニメキャラクターの物真似をして見せる。そのギャップを知った瞬間、彼女は遠い画面の向こうの偶像から、急に手の届きそうな、愛おしくてたまらないひとりの女性へと変わったのです。
そんな彼女の持つ「気高さ」と「脆さ」の両面を、最も残酷に、そして最も美しく引き出したのが、1997年後半から1998年にかけてのシネマジック作品群でした。『サディスティック・レズビアン エンドレスLOVE』に始まり、『隷従の貴妃 チャイナドール 3』、『女教師メイファ 肉体留学』、『Abnormal Privacy 奴隷秘書 19』、そして翌年2月の『緊縛淑女館』。
シネマジック特有の、重厚で逃げ場のないSMや調教の世界観のなかに置かれたメイファさんは、息をのむほどに艶やかでした。どれだけ縄に縛られ、誇りを傷つけられるような過酷なシチュエーションに身を投じても、彼女の瞳の奥にある凛とした気品だけは決して失われないのです。チャイナドレスや女教師のスーツが乱れ、その彫刻のようなFカップの肢体が苦悶に歪むたび、そこには単なるエロティシズムを超えた、一種の様式美すら漂っていました。中学校時代は演劇部に所属していたという彼女の演技力と表現力が、そうしたドラマ性の高いハードな作品のなかで、見事に花開いていたのだと思います。
一方で、彼女は当時のメディアのなかでも縦横無尽に活躍していました。新東宝の映画『ザ・痴漢教師 制服狩り』やエクセスの『女刑務官 檻の発情牝たち』では主演を務め、年末にはテレビ朝日の土曜ワイド劇場『元祖!混浴露天風呂連続殺人』にまで姿を見せました。アダルトビデオという枠を軽やかに飛び越え、深夜番組から映画、グラビア誌に至るまで、1997年から1998年にかけての彼女は、間違いなくあの時代の夜を彩るミューズのひとりでした。
20本前後のオリジナル作品を残し、風の去るように表舞台から姿を消してしまったメイファさん。活動期間こそ決して長くはありませんでしたが、彼女が残した強烈なインパクトは、その後も数々のベスト盤や総集編がリリースされ続けたことからも明らかです。
あれからどれほどの歳月が流れても、ふとした瞬間に彼女の姿が恋しくなります。北京の空の下で生まれ、四国や横浜の風を受けて育ち、そして90年代の終わりに私たちの目の前で大輪の花を咲かせた「香美花」。気高いチャイナドールの仮面の下に、少し不器用で無邪気な素顔を隠していたメイファさんの記憶は、これからも私の心のなかで、甘く切ない香りを放ち続けていくのだと思います。
